Ryokuyin Zen Sangha


 

 

 『世界平和研究』通巻 196号 2013冬季号 2013.02.01発行
『世界平和研究』は、世界平和教授アカデミーが発行する季刊誌 http://www.pwpa-j.net

【論説】
現代社会における仏教信仰の意義
Merits of Buddhism in This Age
駒澤大学名誉教授
皆川廣義 
Hiroyoshi Minagawa

<後半>

<前半からの続き>

(2)仏教のグローバル性

 私は,仏教はお釈迦様の段階で完成を見たと考えている。日本の宗派仏教は,念仏や坐禅などその一部だけを強調するが,それだけではお釈迦様の説いた仏教のグローバル性が失われてしまう。
 以前私が大学勤務の頃,寮監をしていたとき、その寮生の中の一人に乙川弘文(おとかわこうぶん)
1938-2002)がいたが,彼は1967年に開教師・鈴木
の招きで渡米し,サンフランシスコ禅センターにて同補佐を務め,71年に鈴木俊隆が死去した後,ロスアルトスの禅センターで78年まで活動した。その後,アップル社の創業者スティーブ・ジョブズのNeXT社の宗教指導者に任命され,91年にはジョブズとローレン・パウエルの結婚式を司った。スティーブ・ジョブズの発想の背景には,仏教思想があるといわれるが,こうした背景を知れば,ジョブズの存在はお釈迦様が一番喜んだに違いないと思う。日本では仏教信仰の本質がなかなか理解されない面があるが,米国における仏教信仰は仏教思想によって人生観を確立したスティーブ・ジョブズの中に結実したといえる。これは20〜21世紀における曹洞宗(仏教)の最大の成果ではないかと思う。
 現代社会を見ると,人間の自我の暴走ともいえる現象が多い。それを鎮めていくには,お釈迦様が説かれた内容をもう一度信仰の次元で再認識することである。即ち,各種サンガのメンバーの力を借りながら,菩提行と涅槃行を行じて悟りと安心をつくりだす必要がある。お釈迦様が45年間の伝道生活を通してなされたものは,善人・悪人関係なく,誰にでも伝わる説法をしてくれたが,それを見落としているように思う。また,生命のレベルにまで下りて伝道していくと,各宗教が結ばれて行くと思う。

4.仏教信仰の本質と仏の内在化

(1)信仰の価値

 私は,宗教者の一人として,仏教を多くの人に正しく理解してもらおうと努力している。仏教は信仰の問題を,一般の方が理解して実践できるように説いていかなければならない。仏教学者はどちらかというと信仰面が欠落することが多い。教理面からわかりやすく説く人はいるのだが,信仰のレベルで分かりやすく説くひとは少なく,仏教が今後取り組むべき課題がここにある。
 他の宗教と交流するときにも,信仰のレベルで対話すると有意義だと感じている。理論や教理で他宗教と交流しようとしても,虚しい関係に終わってしまいがちだ。かつてドイツのカトリック修道院に1ヶ月あまり生活した経験があるが,信仰のレベルで対話すると心が相通じるものだ。
 お釈迦様の説く仏教信仰についていえば,仏教の教えは難しくない。すなわち,そのポイントは「四諦説」「三帰依」「六波羅蜜」の三教理である。
 苦しみの原因は,我々の心の無明がつくり出す迷い,すなわち「煩悩」や「我執」であり,その迷いが自分中心的な生き方に専念する。煩悩を滅するためには,智慧(無明を滅するための菩提行と,我執を捨てる実践としての涅槃行)が必要だ。時間的に現在だけを見るのが凡夫だが,仏は絶えず過去・現在・未来を見つめる。空間的には,一方的に自分を中心に見るために迷いが生ずるわけだが,仏教は十方から見るので迷いに囚われなくなる。これが仏の智慧である。
 
(2)仏(神)の内在化

 「三帰依」は,仏(正覚者),法(仏の教え),僧伽(仏法を信じる仏教者の修行者グループ)の三つ(三宝)に帰依して信仰し,仏の教えと仏行(六波羅蜜)を行じて,悟りと安心を得る信仰実践である。
 仏・法・僧伽には,「外なるもの」と「内なるもの」の二つがある。外なるものとは,お釈迦様の仏像,お釈迦様の生涯や説示された教え,自分が関係する仏教者のグループであり,このような三つの拠り所をつくりながら,それを生涯の拠り所として生きていく。
 次に,それらを拠り所としつつ自分の信心の中にその三つを内在化して生涯ともに生きていく。つまり,外なる仏・法・僧伽を学び,供養し,祈りを通して対話することで,内なる仏・法・僧伽への帰依が深まる,その繰り返しによって内外の相互関係性が深まることから最終的に悟りと安心(仏の功徳)が生まれるのである。
 仏の内在化についてもう少し説明してみよう。
 お釈迦様は自分が亡くなった後,「火葬に付してくれ」と言い残した。通夜を通して人間としての別れを告げ翌日に葬儀をする。これは自分が完全な仏になる儀式として行なう。火葬にして残ったお骨(舎利)は,仏舎利として受け取り,それを壺に収めロータリーに塔を建ててお祭りする(供養)。ロータリーは多くの人が通行するところであるから,その意味は多くの人にお釈迦様を知ってもらうことだ。
 お釈迦様は入滅によって外なる存在(肉身)はなくなってしまうわけだが,塔を建てることで亡くなった仏様を再構築化する。外なる仏を供養しながら信仰することを通して,亡くなった仏を自分の信心の中に内在化する。それによって間違いなくお釈迦様の生命は,生命同根の存在である我々にも分与されることになる。肉身の死=個としての死は,無に帰すので悼むけれども,生命は次の世代にいきている。
 外なる仏を内在化し心の中に信心という形で「内なる仏」として抱く。そうなると外に祭っている仏に対する供養,信仰が,更に深まっていく。それが今度は,内在化した仏の食べ物となる。このように発展的・円環的運動が起こる。そしてみごとにお釈迦様(仏)が信心の中に共生している状態がもたらされる。内外の仏を持つことによって,円環的に深まる営みは,我々人間の大脳が最も機能を発揮することのできるシステムなのである。このような形で信心の中に記憶しておくことが優れており,脳の活性化をもたらす。ノートに記録するのではだめだ。仏教者の賢さは,正にここに由来する。スティーブ・ジョブズもこの境地にあったのだろう。
 仏の内在化によって,仏が自分とともに生きているという信仰が深まり,それが仏のもつ徳となり,仏功徳は(信仰する者,仏教者に)共有されるようになる。そこから私の信心や安心が確率していくのである。それがないと本当の意味の仏教信仰にならない。このような信心は,キリスト教でも似たようなことを説いているように思う。
 中東地域のユダヤ教とイスラームの対立も,(神の)内在化が形成されて,相手の苦しみを二人称的,一人称的に共通化できれば,なくなるに違いない。真の信仰がないために,政治的な対立が生まれ,虚しい現実がある。信仰の内在化がないために,人の痛みが分からないのだと思う。
 しかし仏教の場合は,神(仏)の内在化だけでなく人の内在化,さらにはプラス(善)もマイナス(悪)も含む。一方,一神教は,いいことは受け入れるが,悪いことは拒絶するので対立が生まれる。この辺の神学的構図はよく考えてみる必要がある。グローバル化した時代にあっては重要なポイントになるように思う。仏の内在化によってはじめて,苦しい人の悩みや優秀な人の悩みが共通化される。現在の世界は,どちらかというと優秀な人の精神性だけを理解するような趨勢になっている。お釈迦様の観点からいえば,そうでない人がいてサポートしているからこそ優秀な人が出られるのである。このような仏教の縁起観,実相観が重要だ。一方だけを強調する世界は不幸である。平和の問題も,この辺のところを理解し合わないと,全人類が和解することは難しいと思う。

(3)六波羅蜜

 
六波羅蜜=六度説とは,人生の目的を悟り,生死の苦悩を解脱して安心と生きがいを得るための六つの道である。
 その第一が「悟りの行」(菩提行)で,次の四つを繰り返し実践する。
@持戒(正しい規律ある生活をする)
A精進(釈尊の教えを一生懸命聞いて学ぶ)
B禅定(坐禅をしながら学びえたものを自分の正しい観として内在化する)
C智慧(坐禅省察で得たことを法座などのサンガのメンバーに語り,誤りを正し,メンバー全体に認められた普遍的な正  知恵=菩提とする)。
 次が「安心の行」(涅槃行)である。
D忍辱(苦の原因である「我執」は,耐え忍ぶことを嫌うので,これを積極的に行うことによって,我執を滅して安心を得る)
E布施(布施は自分の大切なものを他者にもらっていただくことにより,大切なものに付着している自分の我執を捨て,安心を得る。布施それ自体は自分の安心のために行じる自利行であるが,それが受者にとっては有難いことでもあるので利他行にもなる。このような布施行が行ぜられるサンガに,メンバーの相互扶助の体制が生まれ,これが,安らかな老い,
病,死をサポートしてくれるようになる。

5.さいごに

 仏教者たちは,お釈迦様の死という絶望の悲しみの中より,自分の信心の中にお釈迦様を再生し(内在化),祈りを通じて生前と同じように仏と対話する道をつくりだした。それによって生涯にわたる等身代のお釈迦様との対話と共生が生まれ,仏教者にとっての悟りと安心を得ることができるのである。
 内なる信心の中の仏さまを外の世界に具現したものがマンダラや仏像である。外なる仏を供養荘厳することにより内なる信心世界を豊かにすることができる。内外の仏への信仰が相互に作用して,仏徳の共有という不思議が生まれてくる。ここに宗教としての仏教は完成し,全人類の仏教となったのである。(2012.11.26)

 

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